東京地方裁判所 平成10年(ワ)1813号 判決 1998年12月25日
原告 X
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 脇田輝次
被告 大洋緑化株式会社
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 本島信
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一六〇〇万円及びこれに対する平成一〇年二月一四日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、ゴルフクラブ入会契約に基づいて、支払済みの預託金の返還を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、ゴルフ場の経営等を業とするものである。
2 原告は、昭和六二年七月三一日、被告との間で、被告の経営する千葉県山武郡<以下省略>所在の京カントリークラブ(本件クラブ)の入会契約を締結して、本件クラブの正会員となり、右同日、被告に対し、正会員預託金として一六〇〇万円を預託した(本件預託金)。
3 本件預託金に係る預り金証書(甲一)には、預り金は一〇年間据え置きとし、利子又は配当金等は付けない旨の記載がある。
4 本件クラブは、平成二年八月一日に正式にオープンし、同日理事会が開催され、正式な会則(乙二。以下「旧会則」という。)が決定された。
5(一) 原告の入会申込時の本件クラブの会則案三三条には、「預託金の据置期限は、理事会の決議により、短縮又は延長することができる。」と規定されていた(乙一。以下「本件会則案」という。)。
また、本件クラブがオープンした平成二年八月一日から施行された旧会則一〇条二項後段には、預託金の返還について、「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合及びクラブ運営上又は会社経営上やむを得ない場合は、会社取締役会の決議により理事会の承認を得て、別に定める会員資格保証金返還据置期間を延長することができる。」旨規定されており(乙二)、右条項は、平成九年四月一日から施行された現会則一一条二項後段にそのまま引き継がれている(乙三。以下「現会則」という。)。
(二) 被告の取締役会は、同年六月二三日、現会則一一条二項後段の規定に基づいて、預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の決議をし(本件決議)、本件クラブの理事会は、同年七月二九日、取締役会の本件決議を承認した。
6 原告は、被告に対し、平成九年一二月九日、本件預託金の返還を請求した。
二 争点
1 預託金の据置期間の始期
(一) 被告の主張
本件預託金の預り金証書(甲一)には、「正会員の預り金として」と記載されており、本件預り金は、本件クラブの正会員の預り金である。したがって、預託金の据置期間の始期は、原告が正会員の資格を取得したときと解すべきである。
そして、原告が正会員の資格を取得したのは、本件クラブが正式にオープンし、理事会が開催されて原告の入会が承認された平成二年八月一日である。
すなわち、本件会則案では、クラブ入会には理事会の承認が必要とされていたが(七条)、原告が入会申込みをした時点では、理事会は正式に構成されておらず、原告の入会も承認されていたわけではない。本件クラブは平成二年八月一日に正式にオープンし、同日の理事会で、正式な会則が決定され、この時に原告の入会申込みも承認されたものである。
したがって、右時点が預り金の預託期間の始期となるものであるから、本件預託金の据置期間が満了するのは平成一二年八月一日であり、本件では預託金返還の履行期は未だ到来していない。
(二) 原告の主張
原告は、昭和六二年七月三一日に本件預託金及び入会金四〇〇万円を支払うに先立ち、被告に対し、正会員入会申込書(乙六)を提出し、被告から入会承認の通知を受けている。したがって、当時被告の理事会が構成されていなかったとしても、原告の入会は承認されたものというべきである。
また、本件預託金の預り金証書(甲一)は、昭和六二年七月三一日に発行されているところ、同証書には本件預託金の据置期間については一〇か年と記載されているのみであって、他に据置期間の起算日に関する記載はない。したがって、本件預託金の据置期間は、原告がこれを支払った右同日を起算日として計算されるべきである。
2 本件決議の効力
(一) 被告の主張
(1) 原告は、「私は、会則を承認の上、正会員として入会を申込みます。」との記載がある本件クラブの正会員入会申込書(乙六)により、本件クラブへの入会申込みをした。したがって、本件クラブがオープンした平成二年八月一日に正式に決定された旧会則及びこれを引き継いだ現会則(乙三)は、これを承認して入会した原告と被告との入会契約上の権利義務の内容を構成するものである。なお、会則は、クラブ掲示板に掲示されるとともに、全会員に送付されている。
してみると、原告は、旧会則一〇条二項後段ないし現会則一一条二項後段の規定により、預託金の据置期間が延長され得ることを予め承認していたものであり、右規定に準拠して実際に据置期間の延長決議が取締役会でなされた場合には、原告の個別の承認を得るまでもなく、右決議は原告に対しても効力を有するものというべきである。
(2)ア そして、被告は、前記一5(二)のとおり、現会則一一条二項後段の規定に基づいて、取締役会において預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の本件決議をし、理事会もこれを承認した。
イ 被告の取締役会は、以下の事情のもとに、現会則一一条二項後段の「クラブ運営上あるいは会社経営上やむを得ない場合」に該当するとして、本件決議をしたものであるが、右判断は合理的なものである。
① 預託金会員制のゴルフクラブにおいては、多数の会員が同一の事業者との間で入会契約を締結し、一つのゴルフ場を利用する関係にあり、会員相互間は事業者を通じて全体的に牽連した関係にあるのであるから、会員の平等的取扱いは、入会契約の中核的要素の一つである。しかるに、バブル経済の崩壊という予測し難い経済状況の変動により、ゴルフ会員権の市場価格が暴落し、預託金返還請求が殺到するに至ったが、被告は預託金の返還減資を手当できない状況にある。仮に預託金返還を求める会員の請求をそのまま認めると、被告は経営破綻に陥り、その結果、本件クラブの利用継続を希望する会員の権利を一方的に奪うこととなり、会員に対する平等的な取扱いをすることができないことになる。
② 被告は、ここ数年間に渡り、人員削減や経費削減などの経営の合理化を図ってきた。
③ 被告は、会員の意思を反映させるために、評議員会(評議員には、会員の各グループの中から選ばれた会員が、被告によって任命されている。)を通じて、預託金の据置期間を延長する理由の説明等を行い、評議員会でも本件決議について了承を得ている。
④ 本件決議に異議を述べて預託金返還の訴訟を提起するに至った者は、全会員の五パーセントに満たない状態である。これらの者に対しても、被告は、経営破綻を来さない内容での預託金の分割支払いの提案を行い、次々と訴訟上の和解を成立させるなど、会員の預託金返還請求権への影響がより軽微となるような代替措置を講じている。
⑤ 本件決議は据置期間を一〇年間延長することを内容とするものであるが、被告は五年間を目標に努力している。
(二) 原告の主張
(1) 原告が本件預託金を支払った当時、被告から交付された本件会則案の三三条には預託金の据置期間の延長に関する定めがあるものの、旧会則一〇条二項後段や現会則一一条二項後段のように右期間の延長をなし得る具体的な要件は規定されていなかった。ところで、原告は、本件会則案を旧会則や現会則のように変更することについて被告より承認を求められたこともなく(本件会則案は、本件クラブが正式にオープンした場合には、当然正式な会則となるとの前提のもとに入会申込者に交付されているものであるから、正会員入会申込書〔乙六〕の「会則を承認の上」における「会則」は、本件会則案を意味するものであることは明らかであり、原告が右申込書を提出したことをもって、原告において旧会則ないし現会則を承認していたとみることはできない。)、旧会則ないし現会則の交付を受けたこともない。したがって、原告の承認なしに変更された旧会則ないし現会則は、有効に成立しているとはいえないから、かかる無効な会則に基づいてなされた本件決議は、原告に対して何らの効力を及ぼすものではない。
なお、原告は、本件決議について、事前に被告から意見を求められたこともなく、事後に本件決議を承認したこともない。
(2)ア 旧会則ないし現会則では、理事の選任方法について、理事長及び副理事長は被告が推薦して委嘱するものとされ(旧会則二一条、現会則二二条)、理事は理事長が理事会及び被告の同意を得て委嘱するものとされている(旧会則二三条、現会則二四条)。そして、実際にも、被告代表取締役が個人的に依頼して理事長を委嘱し、他の理事も実質的には被告の依頼や前任理事の依頼によって選任されているのであって、会員の代表としての実質を全く備えていない。
イ 本件クラブの理事会の性格が右のようなものである以上、同理事会の承認決議等がクラブ会員に対してその有効性を持ちうるのは、本件クラブの目的を遂行するためのクラブの組織運営に関する事項に限られるのであって、会員の被告に対する基本的権利義務の内容については、理事会においてこれを左右することはできず、個々の会員の同意を得ることを要するものというべきである。
したがって、被告取締役会のなした本件決議について、理事会がこれを承認したとしても、本件決議は会員たる原告を拘束する効力を有しないものである。
3 退会についての理事会の承認(被告の主張)
預託金は、据置期間が経過し、理事会により会員の退会が承認されて初めて返還されるものであるが(旧会則一三条、現会則一四条)、原告は退会を承認されていない。
第三争点に対する判断
一 争点1(預託金の据置期間の始期)について
本件預託金の預り金証書(甲一)には、預り金は一〇年間据え置きとし、利子又は配当金等は付けない旨の記載があるのみで、据置期間の始期について格別の定めはない(本件会則案三三条にも始期についての定めはない。)。右の甲一の文言からすると、預託金の据置期間は、原告が本件預託金を被告交付したときと解するのが相当である。被告は、甲一に「正会員の預り金」と記載されていることを根拠に、第二、二1(一)のとおりの主張をするが、右の「正会員の」との記載は単に会員の種類を示したものにすぎず、これをもって据置期間の始期を定めたものと認めることはできない。
よって、被告の主張は理由がない。
二 争点2(本件決議の効力)について
(一) 証拠(乙二、三、六)及び弁論の全趣旨によれば、第二、二2(一)(1)の事実を認めることができ、旧会則ないし現会則は、原被告間の入会契約上の権利義務の内容を構成するものというべきであるから、本件決議が法定の要件を備え、所定の手続を経て成立した以上は、本件決議について原告の個別的な承認がなかったとしても、本件決議の効力は原告に対しても及ぶことになる。
これに対し、原告は、原告が交付を受けていたのは本件会則案だけであることなどを理由に、旧会則ないし現会則及びこれに基づいてなされた本件決議は原告に対して効力を有しないと主張する(第二、二2(二)(1))。しかし、原告は「会則」を承認して入会したものであるし(乙六)、乙七によれば、旧会則は全会員に対して配布されたことが認められるのであるから、原告が旧会則ないし現会則を承認していなかったなどとは到底いえない。さらに、そもそも本件会則案にも預託金の据置期間延長の規定が設けられていたのであり、しかも、その内容は、単に「預託金の据置期限は、理事会の決議により、短縮又は延長することができる。」とあるのみであって、文言上では、旧会則一〇条二項後段ないし現会則一一条二項後段の規定のほうが、実体的にも手続的にも据置期間延長の要件は厳格になっているのである(第二、一5(一))。したがって、現会則一一条二項後段の規定に基づいてなされた本件決議の効力が原告に対して及ばないなどということはできない。
(二) <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、第二、二2(一)(2)イの①から⑤の各事実を認めることができる。
そして、右の各事実によれば、現会則一一条二項後段の規定する「クラブ運営上あるいは会社経営上やむを得ない場合」との要件が存したものと認めることができ、理事会の承認も得ているのであるから(第二、一5(二))、本件決議は有効である。
なお、原告は、理事会の構成員が被告の意向だけで選任されていることを理由に、本件決議は原告に対して効力を有しないと主張するが(第二、二2(二)(2))、かかる事情があったとしても、これによって直ちに本件決議の効力が左右されるものとはいえない。
(三) 以上のとおりであるから、本件決議は有効で、原告に対してもその効力が及ぶことになるから、本件預託金の据置期間は延長され、未だ返還時期は到来していないことになる。
三 よって、原告の本訴請求は理由がない。
(裁判官 石井浩)